| 議 事 録 |
■第162回国会 参議院憲法調査会 (平成17年3月2日)
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○山下英利君 自由民主党の山下英利でございます。本日は、意見を述べさせていただく機会をいただき、本当にありがとうございます。
私からは、改正と最高法規といった点につきまして私見を述べさせていただきたいと思います。
憲法、すなわちこの今近代憲法というものが本当にいかに我々国民にとっての規範であるかと、また、それを変える、改正をするといったことに対して我々がどういった判断でこの憲法を考えているのか、このことをしっかりと明確にしていかなければならないと、私はそのように思っております。近代憲法の大原則であります基本的な人権、これを人間価値の尊厳といったところに基礎を置いた、この民主主義を基盤とした国の最高法規という位置付けである憲法というものをしっかりと我々は考えていかなければいけないと、私はそのように思っております。
その中で、憲法というものは、そういった今申し上げたような大変高い高度な安定性が求められている、そういった側面もある一方では、国を取り巻く様々な環境の変化、こういったものに対して的確に対応するという、そういった可変性というものも求められている。この二点、ある意味におきましては非常に難しい二点を克服していく、一般の法律とは全く異なる改正手続を置く必要があるかどうかと。そういった克服のために、やはり憲法というものの改正手続を一般の法律とは異なった手続とするという位置付けが今の現行法の中での改正手続に盛り込まれているわけでございます。これはいわゆる硬性憲法といったような言われ方をしておりますけれども、改正手続においては、一般の法律に更に加えたハードルを課するということが今の現状であります。
しかしながら、現行の憲法では、このハードルというものが実際、発議と、国会での発議に当たってのハードルという形と、そして国民投票という形との中において一つのずれが私自身には感じられるわけであります。いわゆる、これを変えやすいといういわゆる軟性憲法という意味合いではなくて、むしろ国会での発議と、そして国民投票といったような形の二重の改正手続の中にある統合性というものを、やはり私はしっかりと位置付けなければいけないと。
すなわち、国会での発議に当たりましては、現行、衆参両院それぞれの三分の二以上の賛成が必要とされております。しかし一方、これが国民投票という形になれば、国民の過半数が改正に賛成の意を表していてもなお議会においては発議ができないという状況になっているのが九十六条、そういった意味を私は考えてみなければいけないと思います。これはかえって国民の憲法改正権を妨げることになるんではないか、国民主権というこの憲法の在り方にあって、やはりここは国民主権にある意味反しているとも言えるのではないかと、そのように思います。したがって、この発議に当たっての必要な議決権をやはり過半数に引き下げて、その上で国民投票に付すということが、現行の憲法の改正規定、九十六条においては私はあるべき姿ではないかと、そのように思うわけであります。
また、憲法の制定権力が国民にあるとすることは、これは国民主権の上からも、あるいは議会制民主主義を取る中でもこれは妥当なことでありますし、なお、憲法改正という国民主権に直接関係する問題においては、直接国民の意思によってこの改正を要求されるべきという立場から見ても、私は、この憲法を改正するという発議を国会がし、そして国民がその改正に対しての意思を決定するということが必要であるという考え方から、議会が国民の意思を代置する、代わって行う、よく言われる特別投票による議会決定によって国民投票を回避するといったようなことは私はなく、すべて改正においては国民投票という形に置いていくのが妥当であると、そのように考えておるところでございます。
また、この改正という問題におきましては、全部改正でありましても一部改正でありましても、その立場は同じと考えております。したがって、基本原則について改正を禁止している規定を設けている国がある、そういった国もございますけれども、私は、やはり国民主権、国民が意思を決定するという点からそういった規定ということは考えずに、改正としてとらえることができる考え方の下に、今の三分の二から二分の一、過半数ということでの発議、そして国民投票による過半数による承認ということがこの九十六条において、これからの憲法を考える上で必要ではないかと、そのように思っております。
そして、憲法が最高法規であるということを改めて位置付ける、そういった意味におきまして、この九十八条における、現行憲法、これに私は条約というものを考えなければいけないというふうに思っております。条約と憲法との優越についてはいろいろな御議論がございます。国内的な効力についてこれは憲法が優位すると、そのように考えませんと、国会の過半数で成立する条約によって憲法を改正すると言える、そのようなことも言えることになります。すなわち、憲法改正は国民投票を必要とする国民主権の原理と矛盾してくることになるんではないかと、私はそのように思います。したがって、違憲審査権の対象としてこの条約を追加し、憲法の優位性を明記するべきではないかと、そのようにも考えております。条約の国内的な効力に対しては、やはり憲法が最高法規としてのその優位性を持つというところがこの九十八条における私は必要な部分であると、そういうふうに思っております。
九十七条の基本的人権の本質、これにつきましては、国民の権利と義務という観点の中からしっかりとその人権というものを担保すれば、この九十七条の在り方については、私は前文ないしはその該当する章ということに対して異論を持つものではありません。この九十七条が、これがそのまま残るということについては、これはやはり最高法規であるということを改めて位置付けるための必要な手続ということではありますけれども、私は、ここに書かなくても国民の権利と義務というところでしっかりと明記をすれば、私はそれによって形式的な最高法規性は保たれると、そのように思っております。
そして私は、必要なことは、国民がすべて、この憲法に対しての憲法尊重擁護義務をしっかりと憲法に明記し、そしてこの憲法をよりどころとして、これから我々の将来の姿を国民が一致団結できるような、そういった親しみのある身近な憲法としていただきたいというふうな願いを持って、私はこの改正と最高法規性についての意見を申し上げさせていただきました。
ありがとうございました。
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